こんにちは。花祭窯おかみ・ふじゆりです。
先日久しぶりに演奏会に出かけてきました。ホールで生演奏を聴くと、こんなにも嬉しい気持ちになるのだと、1年以上ぶりに実感しました。文化芸術体験の素晴らしさですね。
「図書館で本を借りる」「美術館に行く」「劇場で演劇を観る」「生演奏の音楽を聴く」…。世の中に文化的芸術的な体験機会はさまざまありますが、その体験頻度には個人差があります。日常的にたびたびそのような機会を持つ人がいる一方で、小中学校の行事で体験して以来ほとんどそのような機会が無い人も。
わたしは学芸員なので、特に「美術館に足を運ぶ」機会の格差に気が付くことがあります。5年ほど前、文化庁の調査で国内の成人に対する「過去1年に何回美術館に行きましたか?」の質問に「平均1.1回」という数字が出たことがありました。でもその数字のなかには、年に十回以上足を運ぶ人も、何年ものあいだ一度も美術館に行っていない人も含まれています。
「行かない」人に話を聞いてみると、幼少期に「美術館に行く」経験があまり無かったことがわかります。幼少期に大人と一緒に美術館に行く経験を何度かしていると、美術館は身近な場所になりますが、そうでないと敷居の高い場所になってしまうこともあるのですね。「行かない」理由には、物理的距離と心理的距離の遠さがあることがわかります。
学芸員としてのわたしの師は、「僕の使命は、幼稚園や小学校の行事で美術館に来た子どもたちに、彼らが高校生になったときにデートの行き先として美術館が候補に上がるような、ワクワクする美術館体験を提供すること」とおっしゃっています。たとえ頻繁に足を運ぶことが出来なくても、「楽しい場所・体験」のイメージがあれば、そこは心理的に身近な場所になり得ます。
今年(2021年)5月に発表された文化庁長官・都倉俊一氏のメッセージのなかに力強い言葉がありました。いわく「文化芸術活動は、断じて不要でもなければ不急でもありません。(中略)社会全体の健康や幸福を維持し、私たちが生きていく上で、必要不可欠なものであると確信しています。」と。秋に向かう季節、文化芸術体験をちょっとづつ日常に増やしていきたいですね。
<日常の禅語>色即是空(しきそくぜくう)
お経(般若心経)のなかにも出てくるので、ご存じの方も多いと思います。「色(しき)=物質・物体」は「空(くう)=0(ゼロ/実体が無い)」であるとする教えです。すべてのものには微塵も実体が無いのだから、実体の無いものに執着することはない、と説いています。
数年前に福岡の東長寺で、ダライ・ラマ14世の法話を聞く機会がありました。主題は「『禍』の時にどう乗り越えるか」。そのときに出てきたキーワードが「空(くう)」でした。実体があると勘違いするから執着が生まれ、悩みや不安が深くなる。執着を手放し「平らかな心」を保つことこそが「禍」を乗り越えるのに役立つ。平らかな心は、菩提心(ぼだいしん)(=利他の心を高めていくこと)によって保つことができる、という教えでした。
利他の心を高め、平らかな心を保ち、「禍」を乗り越えて行く。実践していくのは難しいかもしれませんが、そのイメージを持ち続けていきたいものです。
花祭窯おかみ・ふじゆり(藤吉有里)
「古伊万里」の名で知られる肥前磁器の伝統工芸文化、技術を基にした窯元「花祭窯」のお内儀。おかみとして窯を支えつつ、自らもアートエデュケーターとしてMeet Me at Artを主宰する。
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